中途退職者に対する留学・研修費用の返還請求

 会社は、労働者が留学・研修後に一定期間勤務せずに退職した場合、労働者に対し、会社が負担した留学・研修費用の返還を求めることができるでしょうか?
 会社としては、費用を支出したにもかかわらず留学や研修後ただちに辞められては困ります。そこで、労働者を足止めするため、会社が労働者に費用を貸与する形をとり、留学や研修後一定期間会社に勤務した場合はその返還を免除し、一定期間勤務しない場合には費用の返還を義務づける旨の合意がなされることがあります。このような合意は、労働基準法16条に違反しないのでしょうか?
 労基法16条は、労働契約の不履行について違約金を定め又は損害賠償額を予定する契約を禁止しています。その趣旨は、労働者が「違約金又は賠償予定額を支払わされることを虞れ、その自由意思に反して労働関係を継続することを強制されることになりかねないので、…このような事態が生ずることを予め防止する」こと(サロン・ド・リリー事件、浦和地判昭和61・5・30)、すなわち労働者の退職の自由の保護にあります。
 裁判例をみると、設問のような合意等が労基法16条に違反するか否かの判断において、研修・留学に業務性が認められるか否かが重視されています。
 業務遂行に必要な費用は本来会社が負担すべきであり、留学・研修の業務性が強い場合には、設問のような合意が形式的には消費貸借の合意であったとしても、実質的に違約金の定めや損害賠償額の予定と認められ、労基法16条に違反して無効となります。
 会社からの返還請求を認めた裁判例として、長谷工コーポレーション事件(東京地判平成9・5・26)、野村證券事件(東京地判平成14・4・16)、明治生命保険事件(東京地判平成16・1・26)があります。
 返還請求が否定された裁判例として、富士重工事件(東京地判平成10・3・17)、新日本証券事件(東京地判平成10・9・25)があります。