心が全て

2001年6月11日 代表弁護士 米川 耕一


 今回は、「心が全て」です。 「瞼の母」「沓掛時次郎」などの作家、長谷川伸(1884-1963)は、幼い頃に父が破産し、尋常小学校を半年で止めなければならなくなり、土木作業員、石工、魚屋の出前など職を転々としながら苦労を重ね、その中で勉学に励み、例えば漢字は古新聞の漢字にふられたカナを見て修得し、その後記者として新聞社に採用され、執筆活動に入ったという努力の人でした。
 その長谷川の言葉に次のようなものがあります。

 「日本によくぞ 生まれてけふも又 泣かずに笑って あすを待つ」

 「晴れりゃ雨ふる 雨ふりゃ晴れる さればよ 生きているおもしろさ

  三千世界の何より彼より 大事は心といふ一字」

 小学生の頃から苦労の連続でしたが、長谷川は決してめげることなく、常に前進、前進、前進でありましたが、そのバックグラウンドにはどのようなときも大切なものは自分の心であると考えていました。それは、心が全ての源であることを理解していたからです。


 会社経営が楽なときにうきうきする心も大切ですが、苦労のあるときも、それを感じることの出来るのは生きているからこそであると観じて、苦労をしているのは将来の飛躍の為の準備をしているのだと考えることが出来れば、苦労していても苦痛とは感じなくなるわけです。

 そして、苦しいときにできるだけ「苦痛」を感じないように努力して、明るい心を保つようにできれば、心が現実の世界を創造している結果、将来、明るい結果が生ずることになるというわけです。


 苦労をしているときに明るい心を持つのはそうは言っても容易ではありません。

 そのためのヒント。必要なお金がないと悩んでいる人には、どうやったらお金を手に入れることができるかを何時間、何十時間もかけて考えた経験があるのかと問いたい。

 また、健康に生まれつかなかったことを嘆いている人には、健康になるための研究をだれにも負けないほど徹底的にしたのかと問いたい。

 目的達成の為に決死の努力・研究をすれば暗くなっている暇などないのです。

 私たちが経営で苦労したとはいっても長谷川のように小学生の時から血のにじむような苦労を続けたわけではありません。長谷川に見習ってどのような時にも、強く明るい心を保ち続けたいものです。

              以 上











        






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