1. 今回(191号)は、「自殺のすすめ?」です。
人生の辛いことをなぜ、我慢するのでしょうか?
この人生が嫌でしたら、自殺すればいいのでしょうか?
自殺すれば、地獄が待っていると、多くの宗教家がいいます。
そういう宗教家に聞きたい。
「あなた、地獄見てきたの?」
「そうだよ。」と、彼らは言うでしょう。
しかし、彼らは、大脳に障害を負っているに違いありません。
死んだら、何も無くなって、当然、意識すらなくなって、「無」。
今の苦しいことを考えたら、こんな良いことはありません。
旧約聖書でヨブが言ったように、「生まれてこなければ」よかった状態になれます。
さて、ここでさらに考えることは、自殺する唯一の生物、ヒト(動物の集団自殺といわれた動物もありますが、今は、否定されています。)。
猿から連続して進化したヒトが、なぜ、突然、自殺という技法を身につけたのでしょうか? 連続性をもった、進化が、こと自殺に関しては、何故、飛躍した種=ヒトにのみ発生したのでしょうか?
このことに思い至れば、自殺は、神から与えられた特権と考えることができます。
ヒトを愛する神様は、余りに苦悩多きヒトが、その苦悩から免れるとっておきの技法をプレゼントしてくれたのでしょう。
ヒトは、種として淘汰されてゆきます。種の観点から見て、弱く、不要な個体は、自殺でも何でもして、淘汰されるべきとも、神は考えたのでしょう。 (悪魔 談)
さて、死ねばこの世の苦労はなくなるでしょう。輪廻転生は、進化論からみて、あり得ない。すると、どこかに自己の本体がいるか、非生物に戻るか、ということに。
非生物なら、認識も感覚もないだろうから、それっきり。
どこかに自己の本体がいる場合は、この世の苦悩が、その場でも、残存しているか?
全ての経験が、集合無意識に刻印されると考えると、残存と。
ならば、自殺などしないで、その苦悩の対策を、出来るだけ工夫して、この世を去った方が、得。
苦悩の対策を、求める 求める 求める
諦めずに、 求める 求める 求める
解決策を 、 求める 求める 求める
落ち込んでいる暇があったら
求める 求める 求める
結論も大事だけど、
その求めるというプロセスに大きな価値があるんだ。
(ラビット博士 談)