> 特許無効

 特許権侵害訴訟における権利の濫用の主張
     (特許無効理由が存在する場合)
  
弁護士 小石耕市 2004年9月21日
 1 特許権侵害訴訟と無効審判との関係

  特許法は、新規な知的創造である発明に対して独占的保護を与えることにより、産業の発達に寄与することを目的としています(特許法1条)。

  そこで、出願当時に公知である技術(特許法29条1項1号の公知技術、同2号の公然実施技術、同3号の刊行物記載技術)に特許は付与されません。

  しかし、特許庁が審査の過程で全ての公知技術を認識することは困難であるため、登録された特許権の中には特許無効理由が内在しているものもあります。

  そして、特許法は、特許に無効理由が存在する場合に争う方法として、特許無効審判制度を設けており(特許法123条1項)、登録された特許権は無効審決が確定するまでは対世的に無効となるものではありません。

  この点に関し、特許権者が特許無効理由が存在するにもかかわらず特許権侵害を理由に損害賠償請求等をしてきた場合、特許権侵害を審理する裁判所が特許無効理由についての判断をすることができるかという問題があり、大審院以来の判例は、特許権侵害を審理する裁判所は特許無効理由について判断することはできないとしていました。

  その後、上記最高裁平成12年4月11日判決において、「特許無効審決が確定する以前であっても、特許権侵害訴訟を審理する裁判所は、特許に無効理由が存在することが明らかであるか否かについて判断することができると解すべきであり、審理の結果、当該特許に無効理由が存在することが明らかであるときは、その特許権に基づく差止、損害賠償等の請求は、特段の事情がない限り、権利の濫用に当たり許されない」とし、従来の大審院判例を変更したことは記憶に新しいものと思われます。

  もっとも、特許権侵害訴訟において損害賠償請求等が権利濫用として退けられても、それは当該訴訟限りのものであり、特許権が対世的に無効となるわけではありません。

2 明白性の要件

  では、上記判例でいう「当該特許に無効理由が存在することが明らかであるとき」(明白性の要件)とはどのような場合を指すのでしょうか。

  この意義に関しましては不明確との批判があるところではありますが、通常の事実認定における立証と同様、無効理由に該当する事実の存在につき確信を抱かせる程度の心証が形成されればよいと考えられます。

3 特許法の改正

  この点に関しまして、平成16年の改正(裁判所法等の一部を改正する法律「平成16年法律第120号」;平成17年4月1日施行)により特許権侵害訴訟と無効審判との併存を前提に、特許権等の侵害に係わる訴訟と特許等の審判との関係の整理に関する規定が設けられました。

  新設された規定では、「特許権又は専用実施権の侵害に係る訴訟において、当該特許が特許無効審判により無効にされるべきものと認められるときは、特許権者又は専用実施権者は、相手方に対し、その権利を行使することができない。」(特許法104条の3第1項)とされ、特に明白性の要件に該当するものは要求されておりません。

 なお、同2項で権利濫用の主張の濫用を防止する規定が設けられています。

4 新規性喪失事由について

 新規性喪失理由としては、先に述べたとおり、特許法29条1項1号の「公知」、同2号の「公然実施」、同3号の「刊行物記載」があります。

(1)公知(特許法29条1項1号)
 公然知られた発明とは、秘密状態を脱した発明をいいます。もっとも、裁判例からその意義を一義的に導くことは困難であり、事案に即して判断せざるを得ない面があります。
なお、公然知られたとは、公然知られうる状態でよいのか、現実に知られた必要があるのかという点について争いがありますが、立証活動の困難性を考慮すると後者にも理由があると考えられます。

(2)公然実施(同2号)
 公然実施とは不特定多数の者が知り得るような形での公然たる実施を意味し、公然実施されたか否かは不特定多数の者が発明の具体的内容を知り得るような方法での実施であったか否かという点が判断の決め手になります。なお、「実施」とは、物の発明にあっては、その物の生産、使用、譲渡等若しくは輸入又は譲渡等の申出(譲渡等のための展示を含む。)を意味します。

(3)刊行物記載(同3項)
 刊行物とは、頒布により公開されることを目的として複製された文書や図面の情報伝達媒体を意味し、@不特定多数または多数の者を対象としているという「公開性」と、A対象物が本来的に配布する目的であるという「頒布性」が必要であると考えられています。

 そして、これらの要件を満たした刊行物が具体的に頒布されることが必要です。

 実際の訴訟においては、刊行物に発明が記載されている(「記載された発明」)といえるかが主要な争点となります。

 そして、「記載された発明」というためには、当業者がその刊行物を見れば、特別の思考を要することなく実施しうる程度にその内容が開示されている必要があります。

5 無効理由の調査

  特許権侵害訴訟を提起された被告は抗弁として主張するために、同訴訟を提起する原告は無効理由を被告から主張されて敗訴しないためにも、無効理由が存しないかを慎重に検討して特許権侵害訴訟に臨む必要があります。

  特に、無効理由の調査には公知文献等の調査、裁判所へ提出するための証拠化等に時間がかかることもありますので、計画的な調査をする必要があります。

6 終局判決と中間判決について

 最後に判決についてですが、裁判所が特許に無効理由が存在する(ことが明らかである)との心証を得た場合、他の技術的範囲論の争点を判断することなく、原告の請求を棄却する判決(終局判決)を言い渡すことができます。これに対し、侵害が認められるとの心証を裁判所が得た場合には中間判決を行う例もあります。

 この点、判決には終局判決と中間判決という区別があり、@原告の請求全てに対する判断を行う判決が終局判決であり、A終局判決の前段階として審理中に生じた中間的な争点についてのみ判決するものを中間判決といいます(民事訴訟法245条)。
特許権侵害訴訟を含む知的財産権侵害事件の場合、T侵害論とU損害論の争点を分けて審理することが広く行われ、侵害論に関する中間判決(例えば、「損害賠償請求の原因には理由がある。」といった判決。中間判決後は損害論の争点を審理することになる。)を行う例も見受けられるようになってきました。

 具体的には、裁判所は無効事由の存否を含む侵害論の争点について裁判をするのに熟したと判断すると、審理を一度終結して判決期日を指定しておき、@新規性喪失等により侵害が成立しないと考えた場合には原告の請求を棄却するという終局判決を行い、A侵害が認められると判断した場合には中間判決を行い、その後損害論の審理を進めることになります。
以 上
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