2002年3月3日 弁護士櫻井滋規
●あっせん利得処罰法とは?
平成13年3月1日に施行された法律で、正式な名称を「公職にある者等のあっせん行為による利得等の処罰に関する法律」といいます。
●あっせん利得処罰法が制定された背景
従来から政治家による口利き政治は問題となっていましたが、元建設省の受託収賄容疑事件等の発覚を契機として、改めて政治家が口利きの見返りに報酬を得ることについて国民から批判が出てきました。
このため、あっせん利得を禁止するための法律を制定すべきであるという気運が高まり、これを受け第150回国会において法案が提出され、平成12年11月22日にあっせん利得処罰法が成立し、同月29日に公布されました。
●あっせん利得処罰法の概要
あっせん利得処罰法の主な内容は次のとおりです。
1 公職者あっせん利得罪(1条)
@公職にある者(国会議員、地方公共団体の議会の議員又は長)が・国若しくは地方公共団体が締結する契約又は特定の者に対する行政庁の処分に関し
・請託を受けて
・その権限に基づく影響力を行使して
・公務員にその職務上の行為をさせるように、又はさせないようにあっせんをすること又はしたことの報酬として財産上の利益を収受したときは、3年以下の懲役に処するとされています。
A公職にある者が、国又は地方公共団体が資本金の2分の1以上を出資している法人が締結する契約に関して、当該法人の役職員に対し、@と同様のあっせん行為の報酬として財産上の利益を収受した場合も@と同様に処罰するとされています。
2 議員秘書あっせん利得罪(2条)
公設秘書によるあっせん利得については、2年以下の懲役に処するとされています。
3 利益供与罪(4条)
1又は2の財産上の利益を供与した者は、1年以下の懲役又は250万円以下の罰金に処するとされています。
(注)「請託を受け」とは、公務員に対し、一定の職務行為を行うこと又は行わないことをあっせんするように依頼を受けて、これを承諾することをいいます。
●刑法のあっせん収賄罪との違い
刑法197条の4のあっせん収賄罪でも公務員のあっせん行為が処罰されていますが、あっせん利得処罰法では、公務員のうちでも国会議員やその公設秘書等に限って、そのあっせん行為(刑法と異なり適法行為をあっせんする行為も含まれます。)を処罰するとされています。
具体的には、大きな違いとして次のようなものがあります。
1 あっせんの内容の違い
刑法のあっせん収賄罪においては、あっせんの内容は、公務員に職務上不正な行為をさせ、又は相当の行為をさせないことであることが必要であるのに対し、あっせん利得処罰法においては、あっせんの内容が公務員に適正な職務行為をさせ、又は不当なことをさせないものであっても処罰の対象とされています。
この意味において、あっせん利得処罰法は刑法のあっせん収賄罪に比べて広い範囲を対象としているということができます。
2 処罰される主体の違い
刑法のあっせん収賄罪においては、処罰される主体は「公務員」であるのに対し、あっせん利得処罰法においては、処罰される主体が「公職にある者」と「公設秘書」に限定されています。
この点では、あっせん利得処罰法は刑法のあっせん収賄罪よりも処罰範囲が狭くなっています。
なお「公職にある者」とは具体的には、衆議院議員、参議院議員、地方公共団体の議会の議員とその長を指します。
また「公設秘書」とは国会法132条、各国会議員にその職務の遂行を補佐する秘書及び主として議員の政策の立案及び立法活動を補佐する秘書1人(いわゆる政策秘書)のことを指します(国会法132条)。公設秘書は国家公務員です(国家公務員法2条3項15号)。
3 その他
以上に加えて、あっせん利得処罰法では刑法の収賄罪と異なり、あっせんの対象が契約又は処分に関するものに限定されているほか、あっせんの方法が権限に基づく影響力を行使したものに限定されています。
また、あっせんの見返りに得る目的物についても、あっせん利得処罰法では、刑法の収賄罪の「賄賂」よりも狭い「財産上の利益」(「賄賂」と異なり、これには報酬を伴わない名誉職の提供や異性間の情交は含まれません。)に限定されています。
●刑法のあっせん収賄罪との関係
刑法のあっせん収賄罪は公務員の職務行為の公正さ及びこれに対する社会の一般的な信頼を保護の対象としています。
これに対して、あっせん利得処罰法は、公職にある者の政治活動の公正さ及びこれに対する国民の信頼を保護するものとされています。
このように、それぞれの法律は異なる目的で制定されています。従って、それぞれの法律の要件を満たせば、1つの行為についてあっせん利得処罰法と刑法のあっせん収賄罪の両方が成立することもありえます。
例えば、「公職にある者」や公設秘書が、ある契約又は処分に関し、請託を受け、権限に基づく影響力を行使して公務員に対し職務上不正の行為をさせるように、又はさせないようにあっせんをすること又はしたことについて、その報酬として財産上の利益を収受した場合には、あっせん利得処罰法と刑法のあっせん収賄罪の両方の罪が成立します。
この場合、刑法54条前段の「1個の行為が2個以上の罪名に触れるとき」(「観念的競合」といいます。)として、重いあっせん収賄罪の刑(5年以下の懲役)によって処罰されることになります。
■私設秘書もあっせん利得処罰法の処罰対象になるの?
●私設秘書とは?
いわゆる私設秘書とは公設秘書以外の国会議員の秘書をいいます。公設秘書と異なり公務員ではありません。
●あっせん利得処罰法で処罰される秘書の範囲
先に述べたとおり、あっせん利得処罰法において、処罰される主体は「公職にある者」と「公設秘書」に限定されています。
従って、公設秘書以外の国会議員の秘書(いわゆる私設秘書)や地方公共団体の議会の議員又はその長の秘書は、あっせん利得処罰法の処罰の主体とされていません。
●私設秘書等が処罰対象とされなかった理由
このように私設秘書等が処罰の対象とされなかったことについて、国会審議においては次のように説明されています。
@あっせん利得処罰法の罪は政治に関わる公務員の活動の廉潔性とこれに対する国民の信頼を保護しようとするものであり、処罰の範囲を公務員ではない私設秘書にまで拡大することは不適当である。
A私設秘書については国会議員との関係の程度は個々様々であり、一律に処罰の対象とすることは不適当である。
B刑法のあっせん収賄罪は、あっせんの内容が公務員に職務上不公正な行為をさせることである場合に成立する犯罪であるが、本法の罪は、あっせんの内容が公務員に正当な職務上の行為をさせることである場合でも犯罪として成立するものである。したがって、同じあっせん行為であっても、犯情としては明らかに本法の罪の方が軽いということになる。
ところで、刑法のあっせん収賄罪では私設秘書を処罰の対象としていない。犯情の重い刑法のあっせん収賄罪においてすら処罰の対象とされていない私設秘書を、より犯情の軽いあっせん利得処罰法の罪において処罰の対象とすることはバランスを欠く結果になってしまう。
C私設秘書のあっせん行為について国会議員の指示があるなど、共謀が認められる場合等には、当該国会議員も私設秘書も刑法お65条1項により、あっせん利得処罰法1条の罪による処罰されうる。
●私設秘書等も処罰対象とすべきであるという議論について以上のような経緯から、あっせん利得処罰法において、私設秘書等は処罰対象から外されましたが、その後も自民党の元幹事長の秘書の脱税疑惑、民主党の副代表の元秘書による競争入札妨害事件等が相次ぎ発覚し、「口利き政治」の問題が再浮上してきました。
これに伴い、あっせんの窓口や政治資金の金庫番の多くが私設秘書であるという実情が再び問題となり、これを処罰しなければあっせん利得処罰法が骨抜きになってしまうという声が高まっています。
平成14年2月15日には、民主、自由、共産、社民の野党4党がその政策責任者会議で、あっせん利得処罰法の対象を私設秘書、親族にも拡大する改正案をまとめました。この改正案は近く国会に共同提出される予定です。
小泉純一郎首相もあっせん利得処罰法強化を自民党の山崎拓幹事長らに指示しており、公明党の神崎武法代表も対象拡大に積極的な姿勢を示しています。
与野党ともにあっせん利得処罰法の強化を打ち出したことで、何らかの法改正が行われる蓋然性は非常に高いものと思われます。
*参考資料
ジュリスト1197号37頁〜43頁
わかりやすいあっせん利得処罰法Q&A(勝丸充啓 編著)大成出版社
自由と正義 2001年7月号 106頁〜111頁
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