消 滅 時 効       

弁護士鈴木謙吾 2001年5月28日


最近、医療過誤事件が世間を賑わせていますが、医療過誤行為があった場合に患者側としてはいつまで請求できるのか、いわゆる消滅時効の問題が気になると思います。そこで、今回は医療過誤に関する消滅時効の問題点について説明します。

まず、医療過誤行為は法的に債務不履行又は不法行為を構成するとされています。そして、不法行為構成であれば、民法724条により、「損害及び加害者」を知ったときから3年の消滅時効、不法行為時から20年の除斥期間があるとされています。

次に、債務不履行構成では、民法167条1項により、10年で時効消滅するとされています。
 消滅時効の起算点については、「権利を行使することを得るとき」(民法166条1項)と規定されていますが、より具体的には、本来の債務について権利行使しうる時(最判平成10年4月24日)とされています。したがって、具体的には本来の債務である医療行為を行った時点から消滅時効は進行することになります。
 ただし、患者側としては、医療過誤行為の有無につき即座に判断できない場合もあり得ます。そうした場合にも対応すべく、次のような裁判例も存在しています。
 「権利を行使することを得るとき(民法166条1項)とは、権利者の職業・地位・受けた教育、権利の性質・内容等の諸般の事情から、権利行使を現実に期待できるときと解釈し、患者が医師の治療に不完全があった時を知ったときから進行する」と判示しています(福岡地裁小倉支部・昭和58年3月29日)。

また、不法行為構成にしても、債務不履行構成にしても、気がついたときには時効期間がもう少しで経過してしまうという場合によくとられる2つの方法について紹介します。

 まず、民法153条による催告という制度があります。一般的には配達証明付内容証明郵便によりされています。この催告手続をすることにより、催告後6か月以内に訴訟を提起すれば時効消滅を防ぐことができます。しかし、6か月以内にこのような手続をしない場合には結局時効消滅してしまうことになります。

 次に、調停を申し立てることが考えられます。調停申立と裁判上の和解申立との類似性から、民法151条の準用により、調停申立時に時効中断効があるとされています(最判平成5年3月26日)。ただ、この場合でも、調停不成立の後1か月以内に本訴を提起しなければならない(同最判及び民法151条参照)ので注意が必要です。なお、民事調停法19条(昭和26年制定)によれば、調停不成立後2週間以内に訴訟が提起されれば、調停申立時に訴えが提起されたものとみなすとされています。そのため、民法151条と民事調停法19条との適用関係が問題になりますが、民事実体法規である民法と訴訟法規である民事調停法との優先関係からして、純粋に時効中断効が問題になった場合には民法151条が優先して準用されると考えられますし、そのように考えても特に理論的には矛盾はないものと考えられます。

それでは、上記両制度を重ねて利用した場合、すなわち、催告によって6か月間に限って時効完成を猶予させた後で、調停を申し立てた場合には時効中断効は認められるのでしょうか。
 上記最高裁は催告の時効中断効については明言はしておらず、単純な調停申立に時効中断効を認めているに過ぎません。しかし、民事調停法19条によれば、調停不成立後2週間以内に訴えを提起すれば、調停申立時に訴え提起があったものとみなされているので、調停申立自体が「裁判上の請求」(民法153条)と言えるはずです。したがって、調停不成立後2週間以内に訴えを提起すれば、催告時に時効が中断することになると考えられます。

もう一歩進んで、調停不成立から2週間は経過しているが、1か月以内に訴えを提起した場合には時効は中断しているのでしょうか。
 思うに、上記のように「2週間以内」との限定がある民事調停法19条及び民法153条の解釈のみでは時効中断効はないと言わざるをえません。上記最判によっても、調停申立と裁判上の和解の申立との類似性を重視して民法151条を準用しているのですから、催告という裁判外の制度を単純に準用できないと考えられます。そのため、機械的な条文操作だけでは時効中断効はないということになりそうです。
 しかし、実質的に、催告をした当事者の意思・裁判制度における調停制度の位置づけ等を考慮すれば、安易な形式的判断はされるべきではないと考えています。特に時効完成直前とはいえ権利行使の意思を調停裁判所という公的機関に客観的に明らかにしているわけですから、それでも時効消滅してしまうというにはそれなりの明確な理由付けが必要であろうと思われます。いずれにしても催告→調停申立→本訴提起という流れを選択した場合には、調停不成立後2週間以内に本訴を提起しておいた方が後日の紛争防止という観点からは有益であると考えられます。
















              




消滅時効
米川耕一法律事務所