法律研究

2008/07/16 法律研究

共同遺言の禁止について

1 夫婦がともに同一の証書を用いて遺言をする場合、その遺言は有効なものとして扱われるのでしょうか。例えば、同一の用紙に夫婦の連名で「財産Aについては○○に、財産Bについては××に相続させる。」等と記載して、遺言書を作成する場合などが考えられます。

2 この点、民法第975条には「遺言は、二人以上の者が同一の証書ですることができない。」と規定されています。これは、共同遺言の禁止を定めたものです。
共同遺言とは、同一の遺言証書で二人以上の者が遺言をすることをいいます。各自独立した複数の自筆証書遺言が同一の封筒に収められているような場合は、これに当たりません。
このような共同遺言を民法が禁止した理由は、以下のようにいわれています。
① 遺言は、他人の意思に左右されることなく行われなければならない。また、遺言者が自由に撤回できるべきものである(民法第1022条)。しかし、二人以上の者が同一の証書に遺言をしてしまうと、各自の遺言の自由や遺言撤回の自由が制約されてしまう。
② 遺言は厳格な様式行為と言われる(民法第960条)が、共同遺言者の一方の遺言に方式の違反があって無効となるような場合、他方の遺言は有効なのか否かについて問題が生じる。
③ 共同遺言者による遺言がそれぞれの遺言を条件としているようなケースにおいて、一方の遺言者が条件に反したとき、他方の遺言がどうなるのかという問題が生じる。

3 それでは、同一の証書に二人以上の者の遺言がなされていれば、民法第975条に反するとして全部無効となってしまうのでしょうか。まず、形式的には共同遺言のように見えても、一方の遺言部分に方式の違反があるような場合には、その部分は無効であるから、他方の単独遺言として有効となることはないのでしょうか。
この点、AB夫婦が、同一の紙面に「遺産(不動産)の相続は両親共に死去した後に行うものとし父A死去せる時はまず母Bが全財産を相続する」との遺言をし、AB両名の氏名が遺言書に記載されていたケースにおいて、「同一の証書に2人の遺言が記載されている場合には、そのうちの一方に氏名を自書しない方式の違背があるときでも、右遺言は、民法九七五条により禁止された共同遺言にあたるものと解するのが相当である。」と判示した判例があります(最高裁昭和56年9月11日小法廷判決)。

4 また、同一証書に複数の者の遺言がなされている場合であっても、その遺言書が複数枚の用紙により構成されており、各葉を切り離すことによって別々の遺言書と捉えることが可能なケースはどうでしょうか。
この点、遺言書がB5版の罫紙4枚を合綴したもので、各葉毎に共同遺言者Aの印章による契印がなされているが、その一枚目から三枚目までは、A名義の形式のものであり、四枚目は共同遺言者B名義の形式のものであって、両者は容易に切り離すことができたケースにおいて、最高裁平成5年10月19日判決は、「右事実関係の下において、本件遺言は、民法九七五条によって禁止された共同遺言に当たらないとした原審の判断は正当として是認することができる。」と判示しています。

5 では、同一の用紙に遺言が共同で記載されていて別々に切り離すことができず、かつ他に方式の違反などもない場合には、どうなるのでしょうか。
この点、ABの連名ではあるが、Aがすべて単独で作成した遺言について、①当該遺言書を作成することをAがBに話さず、Aが全て単独で作成したものであること、②BはAが当該遺言を作成したことをAの死後まで全く知らず、当該遺言書に自らの氏名が記載されていることも知らなかったこと、③当該遺言書に記載された不動産はすべてAの所有であり、Bが所有あるいは共有持分を有するものはないこと、などを考慮した上で、当該遺言は、一見AとBとの共同遺言であるかのような形式となってはいるが、その内容からすればAのみの単独の遺言であり、Aの自筆証書による単独の遺言として有効であると判示している裁判例があります(東京高裁昭和57年8月27日決定)。

6 上記裁判例の詳細については割愛いたしますが、上記裁判例を見てみますと、同一の証書に二人以上の名義でなされている遺言が共同遺言にあたるか否かについては、単に形式的に見て遺言者の氏名や内容が複数認められるというだけではなく、①遺言作成に対する各共同遺言者の関与の有無、②遺言作成の経緯、③遺言の対象となった財産の権利関係、④遺言の内容や作成に関する各共同遺言者間の合意の有無、⑤遺言内容の相互関連性、などの実質的な面も判断材料となっているように思われます。したがって、一見したところ共同遺言に見えたとしても、常に無効となるわけではなく、一定の場合には有効となる可能性もあると言えます。

7 もっとも、遺言制度は、それぞれの遺言者の最終意思を尊重して、遺言者の死後にその実現を保障するために設けられたものです。そして、遺言者の最終意思を確保し、後々の紛争を未然に防止するため、遺言作成に際しては厳格な遺言方式によるべきことが強く要求されているのです。
ですから、たとえ苦楽をともにしてきた夫婦であったとしても、遺言が無効となるリスクを考えますと、やはり別々に遺言書を作成しておくのがよいでしょう。

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