従業員は、退職後に同業他社への勤務や自ら同様の営業を行わない義務(競業避止義務)を負うのでしょうか。
競業避止義務は労働者(従業員)の職業選択の自由を直接制限するものですので、退職した従業員に競業避止義務を課すには明確な根拠が必要です。
では、退職後に競業避止義務を負う旨記載された誓約書や就業規則がある場合、このような誓約書や就業規則はどのような内容のものでも常に有効となるのでしょうか。
退職後の競業避止義務の問題を考える際に重要なのは、企業の営業秘密等の保護と労働者の職業選択の自由(憲法22条1項)との調整という視点です。
企業がその営業活動を円滑に行うためには、顧客情報や技術上の秘密等の企業秘密が保護されなければいけません。企業としては、企業秘密を知る従業員がライバル企業に転職することは避けたいでしょう。
他方、労働者が自ら築いてきたキャリアを活かして転職しようとすることは自然であり、このような転職活動を保護する必要があります。労働者の転職活動は、職業選択の自由(憲法22条1項)または営業の自由(憲法22条1項)として憲法上保障されています。
この結果、転職を不当に制約する競業避止義務は、公序良俗(民法90条)違反として無効となります。
裁判例を見ると、退職後の競業避止義務の有効性については、①労働者の地位・職務内容、②競業が禁止される職種・期間・地域、③代償措置の有無・内容、④競業行為を禁止する必要性を総合して判断しています。
①に関して、従業員が会社の営業秘密を取り扱い得る地位にあった場合、競業避止義務が有効となる方向に働きます。技術上の秘密を知る中枢技術者であった者についても同様に考えられます。
②に関して、対象職種・期間・地域が限定されていないことは、競業避止義務の効力を否定する方向に働きます。禁止される競業行為の内容・期間・地域等について具体的に限定することが必要です。
③に関して、競業が禁止される期間・地域が限定され、会社の顧客に対する営業のみが禁止されるなど、競業避止義務の内容が限定的なことを理由に、代償措置が講じられていなくても競業避止義務を有効とした裁判例があります(東京地方裁判所判決判平成14年8月30日)。
もっとも、代償措置の存在は競業避止義務の有効性を決する上で重要な要素であるので、金銭支払いなどの代償措置を取ることが望ましいでしょう。