代表弁護士 米川耕一 2001年11月21日
1. 今回は「今日だけは」です。
どのような立派な経営者も人間である以上、経営環境や家庭の問題や体調などから気分の変動があることはやむを得ないところでしょう。
そうは言っても人と接し、好感を持たれなければならない立場なのですから、できる限り気分を明るく、安定させる必要があることは言うまでもありません。
2. 私が散歩の途中にふと見た、江戸時代に創始されたある宗教法人は「今日一日を正月だと思って過ごしましょう。」という趣旨の標語を掲げています。
確かに、腹立たしいことがあっても、今日は正月だと思えば、いわば年始早々怒りをぶつける気にはならなくなるでしょう。
3. 私は、これを今一歩進め、気分良く一日を過ごすために、次のように考えたらよいのではないかと思っています。
一日の最初に起きた気持ちや出来事に意味があると定めてその日一日は、それを遵守します。
仮に、朝食の時に配偶者とささいなことから口論になったとしますと、「これは今日一日の忠告だ。今日だけは何があっても堪え忍ぼう。」と決めるわけです。
また、朝起きたときに借金のことで暗い気持ちになったとします。
暗い気持ちは会社経営上決して良くないわけですから、「今日一日の忠告だ。無理をしてでも今日だけは明るく振る舞おう。」と決意します。
逆に朝から気分爽快な場合は、その爽快さが環境によって崩されないように決意します。
4.さて、この「今日だけは」という気持ちの持ち様は自分の気持ちをコントロールする方法であるばかりか、周囲の人や相手方の気持ちにもよい影響を与えます。
本人が我慢すべきところを我慢し、明るい気持ちはできるだけ維持しようとする結果、周りの人は「この人はとても平和な人だ。」と思うわけですから、当然といえば当然でしょう。
5.そして、周りの人が本人に好感をもてば本人は当然に気分がさらに良くなるわけですから、周囲は更によい影響を受けるという、良い循環作用が働き、全体が幸せになって行くのです。
以 上
(次)
Copyright © 1999-2001 yonekawa koichi , all rights reserved.
今日だけは