短期賃貸借がなくなるとき  

弁護士 永島賢也 2002年7月3日


 法務省のウェブページのパブリックコメントのページを見ると、民事訴訟法の改正や電子署名関係の告示の一部改正などに関する意見の募集が行われています(既に、終了したものもあります)。


 その中のひとつに、「担保・執行法制の見直しに関する要綱中間試案」に関するものがあります。


 法制審議会担保・執行法制部会では、担保執行法制の見直しに関する審議を平成13年5月から行っており、その審議の結果をとりまとめて中間試案を作成しております。


 この中間試案を公表して意見を募集し、更に論議を重ねて法律案要綱をとりまとめるという段取りです。



 とりわけ、興味深いのが「短期賃貸借制度」に関する中間試案です。

 
 例えば、銀行から融資を受けて建物を建設し、その建物に抵当権を設定した後、その建物を賃貸して賃料収入を得ている場合を考えてみましょう。


 賃貸人(建物所有者)が、融資を返済できなくなると、抵当権が実行され、新たな所有者(買受人)が現れます。


 その買受人が納付した代金が融資の返済に優先的に充てられます。


 ところで、その場合、賃借人(テナント)の立場はどうなるのでしょうか?


 現行法は、短期賃貸借に該当する場合、買受人(抵当権者)に対抗できますので、直ちに賃借権を失い立ち退きを迫られることはないことになります。


 もし、この制度がなければ、上記のような賃借人としての法的地位は抵当権の実行によって覆されることになります。


 つまり、賃借人にとって、賃貸人(建物所有者)がきちんと融資を返済しなかった場合のリスクを考えると、上記のような建物を借りることに躊躇を感じてしまうでしょう。


 この法律が制定されたときの起草者は、「これでは、抵当権を設定する者(建物所有者)が、建物を賃貸すること難しくなり、使用・収益が妨げられてしまう。上記のような賃借権についても、抵当権実行後に一定の短期間存続をできるようにしよう。」と考えたとされています。


 つまり、短期間であれば抵当権設定者(建物所有者)が賃貸借契約を締結して賃料を得ることを保証したともいえるでしょう。



 抵当権は、「価値権」といわれています。


 抵当権は、設定された不動産の客観的交換価値を把握するものという意味です。


 担保権として最も進化した理念型とされています。


 もっとも、各国の担保制度は必ずしもかような進化をとげているとはいえず、むしろ、様々な経済的条件の影響を受けながらその機能や形態に特色があるといわれています。


 我が国の民法の生い立ちは、もともとフランス民法とのつながりが強いとされていますが、制定後は、むしろ、ドイツ法の影響が強くなったといわれています。


 フランス法系の抵当権は、設定者の使用収益権能を制限し、なお、設定者に残された権能が管理行為であるとされているようです。


 その名残は、現行民法上、第602条に残っています。旧民法には管理行為の規定もありました。


 つまり、抵当権の法的性質については、「価値権」を前提として演繹的に導かれると解釈すべき必然性はなく、我が国の経済条件等を勘案して結論を導けばよいともいえます。


 すなわち、「抵当権は価値権だから設定者の使用・収益には介入しないということ」自体も検討に値するテーマであるということです。


 実際、現行法は、抵当権の設定者の賃貸権限は短期のものだけが保証されているともいえるところ、使用・収益には介入しないという価値権という考え方からは長期賃貸借に関するかような制限をうまく説明できないのではないかとも思われます。


 価値権概念が管理行為概念を忘却の彼方に追いやってしまったのかもしれません。



 そこで、上記中間試案(建物賃貸借)ですが、A=「抵当権に後れる賃貸借は,その期間の長短にかかわらず,抵当権者(買受人)に対抗することができないものとする。」という案があります。



 他方、B1=「[例えば2年]以内の期間の定めのある賃貸借は,抵当権に後れるものであっても,その期間内に限り,抵当権者(買受人)に対抗することができるものとする。」という案もあります。


 また、B2=「抵当権に後れる賃貸借は、抵当権の実行による抵当不動産の売却後一定の期間(例えば,残期[6月])以内に限り、抵当権者(買受人)に対抗することができるものとする。」という案もあります。


 なお、土地の短期賃貸借については、長短にかかわらず対抗できないという案のみで、B案に対応するものはありません。


 これらは、短期賃貸借制度の濫用防止(短期賃貸権に名を借りた不法占有者の排除)という観点から自然に理解することができます。

 これは、価値権という出発点を変更し、使用・収益を制限するとともに、更に、設定者に残されていた管理行為をも制限する契機を有しています。

 抵当権設定者が負担する不動産の保存・維持義務に違反するような管理行為も制限すべきという価値判断ともいえるでしょう。

 いずれにせよ、我が国の経済条件など総合的に判断して決定すべき事柄と思います。





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米川耕一法律事務所
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